個人的自我を絶滅させ、たえがたい孤独感にうちかとうとする試みは、マゾヒズム的努力の一面にすぎない。もう一つの面は、自己の外部の、いっそう大きな、いっそう力強い全体の部分となり、それに没入し、参加しようとする試みである。その力は個人でも、制度でも、神でも、国家でも、あるいは肉体的強制でも、なんでもよい。ゆるぎなく強力で、永続的で、魅惑的であるように感じられる力の部分となることによって、ひとはその力と栄光にあやかろうとする。ひとは自己保身を屈服させ、それのもつすべての力や誇りを投げすて、個人としての統一性を失い、自由をうちすてる。しかしかれは、かれが没入した力に参加するところによって、新しい安全と新しい誇りとを獲得する。またかれは疑惑という責苦に抵抗する安全性も獲得する。マゾヒズム的人間は、外部的権威であろうと、内面化された良心あるいは心理的強制であろうと、ともかくそれらを主人とすることによって、決断するということから解放される。すなわち自分の運命に最後的な責任をもつということから、どのような決定をなすべきかという疑惑から解放される。かれはまたかれの生活の意味がなんであり、かれがなにものであるかという疑惑からも解放される。このような問題は、かれが結びついている力との関係によって答えられる。かれの生活の意味やかれの自我の同一性は、自身が屈服したより大きな全体によって決定されるのである。

— 「自由からの逃走」Erich Fromm, 日高 六郎 訳

彼がアレッポに出てくるときは彼の叔母の家に泊まるのが普通である。しかし、「家主」である叔母一家は、トルコに避難してしまった。従って、Aは一人、空き家になった叔母の家で暮らしている。 話し始めて、10分くらい経っただろうか?彼が、急に口をつぐんだ。何?と聞こうと思ったその瞬間、バリバリバリという音が聞こえた。 銃撃だ! スカイプを通じて、銃撃の音がはっきりと聞こえてくる。彼は、「あ、始まった」と言った。私は、言葉を失い、どこで?と聞くのが精一杯だった。 「うちの前の通りみたいですね」「この近くに軍関係の建物があるから、もうしょっちゅうです。」と言ったとたん、ドーンというものすごく大きな音がした。 彼は少し沈黙した。今のは!今のはなに?!と言うと、あれはどうも大砲のようだという。そして、バリバリ、ドーンという音が数分間続いた。 会話どころではない。しかし、彼は話をしたいのか、パンの供給が少しずつ乏しくなってきていることや、毎日ほぼ20時間以上の停電のこと、燃料がないことから、来る冬への不安などを淡々と話し続ける。その間も、砲撃音は大きくなったり、小さくなったりしながら続いている。

 そして、おばあさんが、こいが逃げたときのことをくわしく、みんなに話しますと、うちじゅうのものは、そのときの有り様がどんなにおかしかったろうといって、声をたててわらいました。美代子さんは、明るい燈火の下でこの話を聞いていましたが、やはりおかしくてたまりませんでした。そして逃げていったこいは、いまごろどうしたろう。河をのぼって、自分の故郷へ帰ったろうか。そうであったら、こいの子供や、お友だちは、どんなに喜んで迎えたろうと考えました。

— 「千代紙の春」小川未明

460 名前: 水先案名無い人 投稿日: 2007/05/20(日) 23:59:36 ID:/4FWxcIoO
千明様の命令で「ドーナツに穴があいてる」と苦情の電話をミスドにかけさせられたい。

461 名前: 涎(よだれ) ◆90luq5TOlE 投稿日: 2007/05/21(月) 00:03:05 ID:HoA6Ij5A0 ?2BP(3244)
»460
いいなー。
そんで電話してる横で栗山千明が小声で耳元に
「“いったいドーナツてるんだ”って言え……言え」ってけしかけるんだよね。

一同はホセ・アルカディオ・ブエンディアの部屋へはいって行き、力いっぱい体をゆさぶったり、耳元でどなったり、鼻の穴の前に鏡をおいたりしたが、彼を目覚めさせることはできなかった。少したって、大工が棺桶を作るためにサイズをはかっていると、小さな黄色い花が雨のように空から降ってくるのが窓ごしに見えた。それは、静かな風が襲ったように一晩じゅう町に降りそそいで、家々の屋根をおおい、戸をあかなくし、外で寝ていた家畜を窒息させた。あまりにも多くの花が空から降ったために、朝になってみると、表通りは織り目のつんだベッドカバーを敷きつめたようになっていて、葬式の行列を通すためにシャベルやレーキで搔き捨てなければならなかった。

— 「百年の孤独」Gabriel Garcia Marquez, 鼓 直 訳

「誰かの悪口を言わない」「されて嫌なことは他人にしない」というごく当たり前の道徳が、大人になって知識がついて、何かを正義とたのんだとたんに忘れられてしまう。

でっ 私がガルパンで儲かったでしょと茶化したらそんなんじゃないんだよ!! いつも通勤する商店街が 特に土日が若い人たちでにぎわってるの見るとさ・・・うれしくてね・・・って いわれてしまい なんかぐっときてつぶやかずにいられない  #garupan

配偶者を裏切らない、とか性的サービスを買わないのは「綺麗事」でなくて、幸福に生きようと思えば最もやれないことだからなんだけど。日本の人は意外に孤独な人生だのお。「奥さん」ですら100%信頼する仲間ではないのか。つらそーである

自分の中の鬼にうっかり出会ってびっくりして受け入れたくないってあるよな。でも、他人は見てるんよな。

「味が濃くて美味しい!」みたいなの聞くと哀しくなる。

そいつ、お母さんから同窓会のお知らせが転送されてきたらしいんだけど、同封の手紙が、最近どうしていますかこっちは…とかから始まってすぐに、安部政権になって云々…日本はどうなってしまうのでしょう、みたいな話になって便箋3枚びっしり政治の話が書いてあってわけわかんなかったって言ってた。

個人を部品として使おうとする日本や中国や韓国のような行き方と、個人同士が競争するためのルールが網羅されていて、ルールにさえ従えばなんでもありのサバイバルゲームのグラウンドになりはてたアメリカや欧州の国々のような行き方と、いずれにしろ、世界は、収穫が終わって刈り入れのあとが剥き出しになった荒野に似ている。

人間には「意味性」を血眼になって探すという病気があるので、
病気になったときすら、そこに「意味」をみいだそうとする。

「なんていうか・・・外の世界は何もかもずっと続いていくんだけど、その中から自分だけがいなくなるんだっていうか・・・それを納得しなくちゃいけないんだ、っていうことをずっと考えてる」

戦後の民衆の実感は、「富める国の貧しい国民」という一句に要約される。このような実感をいだいていた人々が、もし自分で自分の運命を決められる民主主義のもとであったなら、自分たちのエネルギーや社会資本や知的能力がただひたすら産業にだけ捧げられるのを、許すことなどなかっただろう。

— 「人間を幸福にしない日本というシステム」Karel van Wolferen, 篠原 勝 訳